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[書く力]

No.20

Q&A

文章に関する悩みをズバッと解決!

Q.文章ブースターは存在する!?

尋ねる人:内川美彩

先日、ハフポストの編集長・竹下隆一郎さんが

 

すごぐ誤解がある言い方だけど、文章の書き出しに困った時は「悪口」から始めると良い。

遠慮はいらない。怒りが勢いになり、スラスラ書ける。

筆が乗ってきたら悪口の部分を全消してトーンを整える。ポジティブさを加える。あとは最後まで書くだけだ。

これを「文章ブースター」と私は呼ぶ。

 

と、Twitterで呟かれていました。

 

ロックにおける「初期衝動」のようなものかなと感じました。

そしてそれは「とにかく書いてみる」にも通ずるのかな、と。

 

「悪口から始める」という表現が適切かは悩ましいところなのですが、元木さんにも、この「文章ブースター」は存在しますか?存在するとして、それは何でしょうか。

A.どう書けばいいのかわかっているのならば、それをすぐに書いたほうがいい。

答える人:元木哲三

竹下さんは個人的な知り合いなので、このツイートが炎上しているのを、なんとも言えない気持ちで見ていました。まあ、怒る人はいるだろうし、竹下さんもそれを見越して書いているのだろうから、炎上は当然の結果で、悪いことではないのかもしれませんが……。

いやいや、発言がどんな影響を巻き起こしたかは、とりあえず横に置いて、ここではまず「悪口から書くことにブースターとしての効用があるのか」を考えてみましょう。

竹下さんは新聞記者なので、この方法は有効なんだろうな、と推測します。文章を書くにはエネルギーが必要です。竹下さんはそのときに「怒り」「憤り」を使うことがある。それを、あえて「悪口」という言葉を用いて扇情的に表現したのでしょう。

「憤り」には「私憤」と「公憤」があります。新聞記者は後者、つまり「個人の利害を超えて、社会の悪に対する怒り」を発端として原稿を書くことが少なくない。その意味では悪口がブースターになるのかもしれません。

あとで「全消し」するというのが、おもしろいですね。消す前の原稿をこっそり見せてもらいたいものです。

 

 

一般人が使うのは危険

 

ただし、この効用は、ぼくのようなライターを含めた一般の書き手には、あまり有効ではないように思えます。実際に社会や為政者の問題点や悪行について文章を書くことなど、ほとんどないからです。

ほら、たまにSNSで政治的なことを書いている方がいて、しらけてしまうことってあるでしょう。全てを否定するつもりはありませんが、だいたいが失敗していますよね。そのテーマについてすでに行動していたり、深く考えてきたりしているのならば、読む価値もあるのでしょうが、だいたいが落書きのような、単なる怒りや好みの発露に過ぎない文章に終わっています。

ご本人は「公憤」のつもりで書いているのだろうけどね。素人は私憤と公憤を取り違う可能性が高いのと、SNSの公共性についての考え方がまちまちであることもあって、「怒りブースター」を使うのは危険だと、ぼくはそう思います。

ショック療法としてはアリ?

 

一方でぼくがライターとして参考にしてきた名著『作文がすらすら書けちゃう本』(宮川俊彦著)という子ども向けの本の中に、実は「悪口作文」作戦というのがあります。主張は竹下さんとよく似ているので、ちょっと長くなるけど、引用してみましょう。
sakubun

 

人の悪口には、みんな意外なほどノリノリになる。そこで、イヤな人をひとり見つけて、徹底的に悪口を書いてしまう方法。

「アイツはすぐに先生に言いつけるからやなやつだ」

「弱い者いじめばっかりしてる、ヒキョーもの!」

 とか、ちょっと気が引けちゃうかもしれないけど、書いていくのは超ラクラク!?

「ほめまくり作文」もありだね。

「なんでも先生に言えるアンタはエライ!」

「弱い者に絶対に勝てるなんて、もう小学生のカガミだね!」

とか。悪口を言うか、ほめるかのどちらかで、書くことは決まっているのだから、カンタン。素材を見つければ、次から次へ書けること、まちがいなし。

「こんなことがあった」「こんなこともあった」とか、エピソードを集めれば集めるほど、おもしろくなるゾ。

(引用終わり)

 

著者の宮川さんは、とにかく「作文が苦手、難しい」と思っている子どもに、「そんなことない」「すぐ書ける」と、あの手この手を使って語りかけるんだけど、この「作戦」もそんなコンセプトで書かれているひとつです。

ぼくは悪口作戦について「場合によっては、子どもたちにとって有効かもしれない」と考えます。彼ら、彼女らの多くは、学校の作文の授業や宿題で、「優等生であること」「良い子であること」を強いられているからです。

だから「そんなことないんだよ。悪口でもいいから思ったことを書こうよ。先生から怒られても、別にいいじゃん!」と言ってあげるのは、ショック療法としては効く可能性があります。

子どもだけではない。これまで文章セミナーで数え切れないほどの作文を読んできましたが、「先生や親(他者)から褒められる文章を書かなければならない」という幼少期に植え付けられた観念に囚われてしまっている大人は、驚くほど多いというのが実感です。その証拠にSNSには「気づき」と「成長」があふれています。小学校の先生から花丸がもらえそうな、そう、まったくもっておもしろくない文章です。

ぼくはそれを「良い子の文章」と呼んでいます。「環境問題の解決は人類にとって可及的速やかに取り組むべき問題である」とか「弱い人に寄り添うことの大切さに、あらためて気付かされた出来事でした」などとは、死んでも書かないでくださいと指導、というか懇願しています。ぼく自身がそんな文章を読みたくないから。

だとすれば、そんな大人たちにも「悪口作戦」は有効かもしれないし、ブースターにしてみてはどうか、というアドバイスも、価値があるのかもしれませんね。

そうそう、『作文がすらすら書けちゃう本』はドラえもんのマンガで解説しているページが多くて、「すらすら読めちゃう本」でもあります。対象は小学生ですが、大人が読んでも参考になる楽しい本です。

 「ブースター」を書いている時間が無駄では?

 

それで、お尋ねの「ぼくの場合」ですが、ごめんなさい、これと言ってないんです。これ、嫌味に聞こえるかもしれないんだけど、ぼくは「書きあぐねる」ということがほとんどありません。じゃあ、なぜなかなか書き出さないのか、と言うと、面倒だからです。

たとえば「健康のために散歩をしよう」というとき、出かける前はなんとも面倒で、でもいざ歩き出すと、けっこう楽しい、というようなことって、よくありますよね。ぼくにとって文章も同じです。「文章で人に何かが伝わる」という体験は純粋に好きだし、おもしろいし、職業ライターなので、文章がお金になることが多い。だったらやればいいんだけど、書き出すまでは面倒なんです。

その重い腰を上げるために「悪口(あるいは書く勢いがつくようなこと)を書け」と言われても、それって面倒が増えるだけじゃないか、と思ってしまう。そんなことするくらいならば、書くべきことをすぐ書けばいい、というのが、ぼくの回答です。

芸術の領域であれば、なかなか書けない、という状況は起こりうると想像できます。でも、ライターに求められている「わかりやすい、伝わる文章」には絶対の答はないものの、ある程度の正解はある。その正解は書き始める前にゴールとしてほぼ見えているわけだから、すぐにでも書き出せばいいわけです。

「パンと手を叩いたら、私は文章を書き始める」みたいなルーティンを持っておくといいのかもしれません。でもさ、何かをしないと、あるいは何かを書かないと、文章が書き始められないくらいなら、ライターはやめておいたほうがいいんじゃないかな、とぼくは思う。

 

ところで、逆に質問なんですが、「ロックの初期衝動」って、どういう意味なんですか。もう、30年以上、わからないままなんです。

A.答えを見る

[書く力] No.21

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文章に関する悩みをズバッと解決!

Q.方言問題。

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